きれいな話がしんどい日は、正常だと思います。

SNSを開いて、やけに整った話が流れてくる日があります。
努力して、挑戦して、うまくいって、最後はきれいに回収される。
読めば前向きになれそうな内容なのに、なぜか心が置いていかれる。
感動するはずなのに、疲れる。そんな感覚が出る日がありました。

これ、感受性が鈍いとか、ひねくれてるとか、そういう話じゃないと思います。
たぶん、心が「いまはそれを受け取れる状態じゃない」と教えてくれてるサインだと思うんです。
僕はそう受け止めたほうが、整えやすいと思っています。

理由は人によって違うと思いますが、僕が見ていて多いのはこの3つです。

1. 物語の完成度と、自分の生活の未完成さのギャップ

SNSに流れてくる話は、短い文章の中で起承転結がまとまっています。
いわば編集済みのストーリーです。
一方で、僕たちの生活は未完成の連続です。
途中で迷うし、気分も波があるし、予定通りに進まない日もあります。
そこに完成された話が刺さると、「自分の今」が雑に見えてしまうことがあります。
これが結構しんどい。

完成された物語と、完成していない日常。
この対比が強く見えるほど、今の自分が不完全に感じられてしまう。
でも本当は、日常が未完成なのは当たり前のことなんです。

2. 読んでいる間に、評価者の役割を背負ってしまう

きれいな話って、無意識に判断を呼びます。
すごい、正しい、見習うべき、そうでない。
これ、頭の中で小さな採点が走っている状態です。
採点が続くと、判断疲れが起きます。
判断疲れは焦りを生みやすい。
焦りは判断を雑にしやすい。
ここで、いつものループが始まりやすいと思います。

読むだけで疲れるのは、内容が悪いんじゃなくて、読みながら無意識に評価し続けているからかもしれません。

3. 変化のスピード感が、焦りに直結する

成功談や学び話は、短い文章で大きな変化を見せることが多いです。
でも現実の変化は、たいてい遅い。
小さく積み上がる。
この速度差に、心が追いつかない日があります。
だから疲れる。
疲れる日は、そのまま疲れていていいと思います。

誰かの半年が一つの投稿に圧縮されている。
でも自分の半年は、まだ途中で、見えない。
この差が、焦りを生みやすいんだと思います。

大事なのは、きれいな話を否定することではない

ここで一つだけ言っておきたいのは、きれいな話自体を悪者にしないことです。
誰かの努力の結果かもしれないし、誰かにとって救いになる話かもしれない。

ただ、こちらの状態によっては消耗する。
だから距離を取る。
僕はそれを「弱さ」じゃなく「情報設計」だと思っています。
合わない靴を無理に履かないのと同じです。

きれいな話に疲れるのは、自分が悪いわけでも、相手が悪いわけでもない。
ただ、今の状態と合っていないだけ。
それを認めて、静かに距離を取ればいいと思います。

疲れる日におすすめなのは、派手なリセットより、小さな戻し方です。
3つだけ書きます。

1. 事実と演出を分ける

投稿は、その人の人生の全部ではありません。
切り取られた一部で、編集が入っていることもある。
これは悪いという意味ではなく、SNSの仕様です。

だから「見えたもの」をそのまま自分の評価に使わない。
まずは、これは一つの投稿だと位置づける。
それだけで心が少し緩みます。

2. 自分の基準に戻す

他人の話がきれいに見えるほど、自分の基準が消えやすいです。
僕が大事にしてるのは、平和に、ゆるく、でも芯を持つこと。
芯は強い言葉じゃなく、自分の基準で選べることです。
ここに戻ると、他人のストーリーは参考情報になって、自分の評価軸にはなりにくくなります。

3. 等身大のログを残す

昔のSNSの「ごはんなう」って、役に立つかどうかより、生活の手触りが残っていたから安心できたんだと思います。
疲れる日は、学びより生活に戻す。
派手じゃないメモを残す。
これが効きます。

今日の一歩

今日の一歩は、3行だけでいいです。投稿しなくてもいいです。

今日見たもの(事実)
今日感じたこと(感情)
今日守れた基準(小さくていい)

例:
夕方の空がきれいだった
少し焦っていた
SNSを閉じて、呼吸を戻した

これくらいで十分です。

きれいな話に疲れる日は、あなたが劣っている日ではなく、あなたの生活がちゃんと動いている日だと思います
だから、生活のほうへ戻す。
僕はそのほうが平和に続くと思っています。

編集された物語と、編集されていない日常。
どちらが正しいとか、どちらが価値があるとか、そういう話じゃない。
ただ、疲れる日は、日常のほうに戻っていい。
完成していない自分の生活を、そのまま受け止めていい。

きれいな話に心が追いつかない日があっても、それは正常です。
無理に受け取ろうとしなくていい。
距離を取って、自分の基準に戻って、小さなログを残す。
それだけで、また少しずつ呼吸が戻ってきます。

このブログは、海の中で泳ぎ続ける場所ではなく、岸に戻れる場所にしたいです。
きれいな話に疲れた日は、きれいじゃない言葉に戻ってきてください。
ゆるく、平和に。
でも芯は折れない。そのための言葉を置いていきます。