ゆるく生きたいなら、芯は強さじゃなく基準だと思います。
ゆるく生きたい、って思うことがあります。
頑張りたくないという意味じゃなくて、息がしやすい状態で生きたい。
余計な焦りに追われず、必要なことにだけ力を使いたい。
平和に生きたい。そう思う日があります。
でも同時に、こうも思います。
ゆるく生きたいけど、流されたくはない。
芯は持っていたい。
この「ゆるさ」と「芯」って、矛盾しそうに見えるんですけど、僕は矛盾じゃないと思っています。
理由はシンプルで、芯は強さじゃなく「基準」だと思うからです。
これは毎回言っている気がしますが、それほど重要だと思っています。
芯を「強い意見を持つこと」だと思うと、ゆるく生きることとは相容れない気がします。
強くあろうとすると、力みます。
力むと、疲れます。
疲れると、ゆるくなんて生きられない。
でも芯を「自分の基準を持つこと」だと捉えると、話が変わります。
基準があるから、余計なものを手放せる。
手放せるから、ゆるく生きられる。
強さじゃなくて、選ぶ力。
それが芯なんだと思います。
芯を強さだと思うと、疲れる
芯を「強い意見」とか「勝てる言葉」とか「断言」と捉えると、SNSはしんどくなります。
強く主張するほど、戦いが増える。
戦うほど、評価される。
評価されるほど、比較が増える。
比較が増えるほど、焦りが増える。
焦りが増えるほど、判断が雑になる。
このループに入ると、ゆるく生きることから遠ざかっていきます。
「芯を持つ」というと、多くの人は
「強い意見を持つこと」
「ブレない主張をすること」
「他人に流されないこと」
を想像すると思います。
それ自体は悪くないけれど、SNSでそれをやろうとすると、消耗しやすい。
なぜなら、SNSは反応が見える場所だからです。
強い意見を出せば、賛成も反対も来ます。
賛成が来れば嬉しいけれど、反対が来れば傷つく。
そして反対に対してまた反論したくなる。
気づけば、戦いの中に入っています。
僕はもう、そういう消耗はしたくないです。
SNSに疲れたのも、たぶんそこに近い。
だから、強さで芯を作るのはやめました。
芯は「何を選ぶか」の基準
芯を基準だと捉えると、世界が少し静かになります。
基準があると、反応を選べる。距離を取れる。必要なものだけ取れる。
それが心の自由を守ると思っています。
基準というのは、
「これは自分にとって大事」
「これは自分にとって不要」
を判断する物差しです。
強い意見で相手を説得することじゃなくて、自分の選択を整えること。
これが芯の正体だと思います。
僕が大事にしている価値観は、自由、成長、挑戦、安心、平和です。
特に自由は「心の自由」を最優先にしています。
何を見るか、何を見ないか、何に反応するか、反応しないか。
その選択を、自分の意志で決められること。
これが心の自由です。
安心は「固定費が払えて、最低限の食事ができる」を最低ラインとして守る。
生活基盤が崩れると、心の自由も失われるからです。
挑戦は「限界の一歩先」を小さく試す。
大きく跳ぼうとすると失敗しやすいし、失敗すると焦る。
焦ると判断が雑になる。
だから小さく、一歩ずつ。
この順番を崩すと、焦りが増えやすい。
だから順番を守る。
これが僕の基準の一つです。
基準は、誰かに見せるためのものじゃありません。
自分が選択に迷った時に、立ち返る場所です。
静かに、自分だけが知っていればいい。
それで十分、芯になります。
基準がないと起きること
基準が薄いと、SNSはすぐに騒がしくなります。
正解っぽい意見に引っ張られる。
強い言葉に反応してしまう。
比較で焦る。批判の渦に飲まれる。
情報過多で判断疲れする。
これって、意志が弱いとかじゃなく、基準が未設定なだけだと思うんです。
基準がないと、すべての情報が「自分に関係あるもの」に見えてきます。
タイムラインに流れてくる意見の一つ一つに、反応してしまう。
「この人は正しいのか」「この意見は間違っているのか」「自分はどう思うのか」
判断が増えます。
判断が増えると、疲れます。
疲れると、焦ります。
焦ると、また判断が雑になります。
ループです。
基準があると、このループから抜けられます。
「これは自分の大事にしている価値観と合わない」と思えば、反応しなくていい。
「これは今の自分には必要ない」と思えば、スルーすればいい。
判断が減ります。
判断が減ると、疲れが減ります。
基準って、フィルターなんだと思います。
世界にはたくさんの情報が流れています。
でもその全部を受け取る必要はない。
自分に必要なものだけを通して、それ以外は流す。
そのためのフィルターが、基準です。
基準がないと、フィルターがないまま情報の海に入ることになります。
海の中で泳ぎ続けなきゃいけない。
それは疲れます。溺れそうになります。
でも基準があると、岸に戻れます。「ここまで」という線が引けます。
必要なものだけ取って、あとは岸で休む。
ゆるく生きやすくなります。
基準は、自分を守るための境界線です。
誰かを攻撃するためのものじゃなくて、自分の心を守るためのもの。
静かに、でも確実に、自分の平和を作るためのものだと思います。
僕が使っている基準の作り方
ここからは実務の話です。
基準は、信念みたいに重いものじゃなくていいです。小さく作ればいい。
僕は次の3ステップで作っています。
ステップ1:何に疲れるかを言語化する
基準って、理想から作るより「嫌なもの」から作ったほうが早いです。
「こうありたい」より「これは嫌だ」のほうが、明確だからです。
理想は抽象的になりがちですが、嫌なことは具体的です。
具体的なほうが、基準は作りやすい。
僕の場合は、SNS疲れがそれでした。
・批判ばかりで心が荒れる
・真偽不明の話で焦る
・作り物みたいにきれいな話で置いていかれる
・情報過多で判断が増える
疲れるポイントが分かると、基準は自然に作れます。
「批判で心が荒れるなら、批判に反応しない」
「情報過多で判断が増えるなら、見る範囲を制限する」
嫌なことの裏返しが、そのまま基準になります。
理想を追いかけるんじゃなくて、嫌なことから距離を取る。
それだけで、基準は形になっていきます。
ステップ2:反応ルールを決める
基準は、考えより行動に落ちた時に効きます。
「平和に生きたい」と思うだけでは、基準になりません。
「だから何をするか」「だから何をしないか」
そこまで落とすと、基準は使えるものになります。
僕が決めているルールはこんな感じです。
・焦ってる日は、大きな決断をしない
・反論したくなったら、保存して閉じる
・おすすめ欄やトレンドで判断回数が増えるなら、見ない
・SNSを開く前に目的を1行書く
・完璧さは手放す(完璧は心の自由を削りやすいから)
大げさな哲学じゃなくても、これで十分芯になります。
ルールは、多くしすぎないことが大事です。
多すぎると守れなくなって、守れないと自己嫌悪になって、続かなくなる。
だから、3つから5つくらい。シンプルに。
守れる範囲で。
そして、ルールは変えていいです。「このルールは合わなかった」と思ったら、変える。
基準は、石に刻むものじゃなくて、メモに書くものです。
柔軟に、自分に合わせて、更新していけばいい。
ステップ3:守れたら褒める
基準を作っても、守れない日はあります。
それで自分を責めると、基準が嫌いになります。
「また守れなかった」「自分はダメだ」
そう思うと、基準を見るのが嫌になります。続きません。
僕は、守れたら褒めます。
特に褒めたいのは「決断」です。
反応しないと決めた。
閉じると決めた。今日は見ないと決めた。
些細な決断ほど、自信になります。
自信が増えると選択肢が増える。
選択肢が増えると不安が減る。
順番はこっちだと思います。
「完璧に守れたか」じゃなくて、「一回でも思い出せたか」
それで十分です。
一回思い出せたら、次も思い出せる可能性が上がります。
積み重ねです。小さく、でも確実に。
ゆるさは、基準があるから成立する
ゆるく生きるって、全部を手放すことじゃない。
大事なものを守るために、余計なものを手放すことだと思います。
基準がないと、何を守って何を手放すかがわからない。
だから全部抱えようとして、疲れます。疲れると、ゆるく生きられなくなります。
基準があると、選べます。
「これは大事だから守る」
「これは不要だから手放す」
その選択ができるから、余裕が生まれます。
余裕があるから、ゆるく生きられます。
芯を強さで作ると、戦いが増えます。
芯を基準で作ると、平和が増えます。
僕は平和に生きたい。
ゆるく生きたい。
でも芯は持っていたい。
だから今日も、基準を小さく作って、静かに守っていきたいです。
今日の一歩
今日の一歩は、基準をひとつだけ書くことです。
短くていいです。
例:
・焦ってる時は、決めない
・反論したくなったら、保存して閉じる
・SNSは目的を1行書いてから開く
・完璧より完了
ひとつで十分です。守れたら自分を褒めてください。
決断できたことを褒めたいです。
そういう些細な積み上げが、ゆるさと芯を両立させると思います。
基準は、誰に見せるものでもありません。
自分だけが知っていればいい。
静かに作って、静かに守る。
それが、ゆるく平和に生きるための、最初の一歩です。
