完璧さを手放す投稿習慣。
投稿ボタンの前で、何度も止まることがあります。
この言い回しでいいのか。浅く見えないか。誰かに誤解されないか。ちゃんと整っているか。
考えれば考えるほど、出せなくなる。文章を読み返して、直して、また読み返して、また直す。気づけば30分、1時間が経っている。そして最後は、「今日はやめておこう」になる。
完璧にしようとして、何も出ない。
これは、僕が何度も繰り返してきたことです。
完璧さは、誠実さに見えます。ちゃんと考える。ちゃんと整える。ちゃんと伝える。丁寧に言葉を選んで、誤解がないように配慮して、読みやすく整える。それは、悪いことじゃない。
でも、完璧を基準にすると、投稿はどんどん重くなります。
重くなると、怖くなる。怖くなると、回数が減る。回数が減ると、さらに完璧を求める。
このループに入ると、発信は止まります。そして気づいたら、何も出せなくなっている。完璧を目指していたはずなのに、結果として何も残らない。それが、完璧主義の罠だと思います。
完璧さの正体は恐れ
僕が気づいたのは、完璧さの正体は「質」じゃなくて「恐れ」だということでした。
・間違えたらどうしよう
・反応がなかったらどうしよう
・浅いと思われたらどうしよう
・批判されたらどうしよう
この”どうしよう”が、投稿を重くしていました。
完璧にしようとするのは、質を上げたいからじゃなくて、傷つきたくないからです。間違えたくない。恥をかきたくない。評価を下げたくない。だから、完璧にしようとする。
完璧なら、批判されにくい。完璧なら、間違えにくい。完璧なら、安全だと思ってしまう。
でも、完璧は存在しません。
どれだけ時間をかけても、どれだけ言葉を選んでも、誰かには響かないし、誰かには誤解される。100点を目指しても、100点にはならない。
そして、100点を目指し続けると、出せなくなります。いつまでも「まだ足りない」と感じて、投稿ボタンを押せない。完璧を目指すほど、発信から遠ざかっていく。
完璧主義は、丁寧さじゃなくて、怖さの現れなんだと思います。
だから今は、完璧にすることより、続けられることを優先しています。
続けられなければ、どれだけ質が高くても意味がない。一回だけ100点を出すより、60点を10回出すほうが、結果的に届く範囲は広くなる。そう考えるようになりました。
完璧を手放すのは、雑になることじゃありません。怖さから距離を取ることです。
恐れに支配されて何も出せなくなるより、60点でも出し続けるほうが、自分に優しいと思います。
完璧さを手放す投稿習慣
完璧さを手放す投稿習慣は、とてもシンプルです。僕が実際にやっている方法を、4つだけ書きます。
1. 60%で出すと決める
100点を目指さない。60点で十分だと決める。
これは、手抜きをするという意味じゃありません。「60点でも価値がある」と認めるということです。
100点を目指すと、いつまでも出せません。「まだ足りない」「もっと良くできる」。そう思い続けて、結局何も出さない。それより、60点で出して、反応を見て、次に活かすほうが成長します。
60点は、出発点です。60点で出して、続けていく中で、自然と70点、80点になっていく。最初から100点を目指すより、60点から始めたほうが、結果的に早く上達します。
そして、60点でも誰かには届きます。100点じゃなくても、必要としている人はいる。完璧じゃないから価値がない、なんてことはありません。
2. 時間を区切る
書く時間を決める。整える時間も決める。それ以上はやらない。
たとえば、「書くのは30分まで」「整えるのは15分まで」と決めます。時間が来たら、どんな状態でも出す。そう決めておくと、完璧主義から抜けられます。
時間が無限にあると、人は完璧を目指してしまいます。でも、時間が限られていると、優先順位がつきます。「この時間で、何を伝えたいか」。そこに集中できます。
制限があるから、選べる。選べるから、完成する。
完璧を目指すと、時間は無限に溶けていきます。でも、時間を区切ると、その中で最善を尽くせばいい。それだけで、投稿は軽くなります。
3. 一回で言い切らない
全部を詰め込まない。続きはまた書けばいい。
完璧主義の人は、一回の投稿で全部を伝えようとします。「これも言いたい」「あれも説明しないと」。そうやって詰め込んで、結局重くなって、出せなくなる。
でも、一回で全部を言う必要はありません。今日は一部だけ。続きは明日。そういう考え方で十分です。
発信は、一回で完結させるものじゃありません。積み重ねです。一つ一つは不完全でも、積み重なることで全体が見えてくる。そういうものだと思います。
一回で言い切らないことを許すと、投稿のハードルが下がります。「今日はここまで」で終えていい。それで十分です。
4. 「今日はここまで」で終える
余白を残す。回収しすぎない。
完璧主義の人は、きれいに終わらせようとします。結論を出して、まとめて、起承転結を整えて。でも、それが重さを生みます。
余白があってもいい。終わらなくてもいい。「今日はここまで」で止めていい。
余白があるほうが、続きが書けます。きれいに回収してしまうと、次がなくなる。でも、余白を残しておけば、また続けられる。
完璧に終わらせることより、続けられることを優先する。これだけで、投稿はかなり軽くなります。
完璧さを手放すって、雑になることではない
完璧さを手放すって、雑になることではありません。
自分を雑に扱わないことと、完璧を求めないことは、矛盾しません。むしろ逆です。
完璧を求めすぎるほうが、自分を追い詰めます。
今日は疲れている。今日は思考がまとまらない。今日は浅いかもしれない。それでも出す。
そのほうが、自分に優しい。
完璧主義は、一見すると自分に厳しく見えます。高い基準を持って、妥協せず、質を追求する。それは立派なことのように思えます。
でも実際には、完璧主義は自分を傷つけます。
「これじゃダメだ」「まだ足りない」「こんなの出せない」。そうやって自分を否定し続けて、結局何も出せなくなる。それは、自分に優しくない状態です。
自分に優しいというのは、甘やかすことじゃありません。今の自分を認めることです。
今日はこれが精一杯。今日はここまで。それでいい。そう認めることが、自分に優しいということだと思います。
発信は、輪郭を外に置く行為
発信は、評価される場でもあります。
投稿すれば、反応が返ってくる。いいねがつくこともあれば、つかないこともある。共感されることもあれば、批判されることもある。それが怖いから、完璧にしようとする。
でも同時に、発信は、自分の輪郭を少し外に置く行為でもあります。
輪郭というのは、自分の考え、感じ方、価値観。それを言葉にして、外に出す。そうすることで、自分の形が少しずつ見えてくる。
輪郭は、削りすぎると消えます。
完璧を目指しすぎると、形がなくなる。角を削って、削って、削って、気づいたら何も残っていない。それが、完璧主義の怖いところです。
だから僕は、少し荒さを残します。少し足りなさを残します。
荒さがあるから、自分らしさが残る。足りなさがあるから、続きが書ける。それくらいのほうが、続きます。
今日の一歩
もし今、投稿ボタンの前で止まっているなら、今日は60%で出してみてください。
完璧じゃないことを、許してみる。
「まだ足りない」と思っても、出す。「もっと良くできる」と思っても、出す。「これで大丈夫かな」と不安でも、出す。
それだけで、発信はかなり楽になります。
完璧を目指して何も出さないより、60%でも出し続けるほうが、結果的に届く範囲は広くなります。一回の100点より、10回の60点。そのほうが、成長も早いし、続けやすい。
完璧さより、継続。強さより、整え方。
僕はそのほうが、長く続くと思っています。
発信は、完璧である必要はありません。続けられることのほうが、大事です。続けられるから、積み重なる。積み重なるから、届く。
今日は60%で出す。明日も60%で出す。そうやって続けていけば、いつか振り返ったときに、たくさんの言葉が残っている。それで十分だと思います。
完璧じゃない自分を、許してあげてください。今日はここまでで、いい。それを認めることが、自分に優しくすることだと思います。
