「またSNSを見すぎてしまった」
「また比較して落ち込んでしまった」

そういう日が続くと、自分の意志が弱いんじゃないかと感じることがあります。

でも昨日、面白い記事を読んで少し視点が変わりました。
SNS疲れは、意志の問題というより、脳の仕様とフィードの構造から起きている現象なんだと。
そう捉え直すと、対処の仕方も変わってくると思いました。

>>SNS疲れの正体は「脳の仕様」だった。フィードを自分で育て、心地よい環境を作る方法

その記事は、「SNS疲れ」が単なる気分の問題ではなく、脳の仕組みやフィードの仕組みから起きている現象だという視点で整理されていて、とても腑に落ちるものでした。

今日は、その記事を読んで気づいたことを書いてみます。

まず面白かったのは、フィードがただランダムに出てくるのではなく、自分の行動に応じて育っていくものだという点です。
見る・長く止まる・反応するコンテンツに似たものが表示されるようになっている。
だから、結果として「疲れるフィード」が勝手に出来上がってしまうという構造があるという話は、実感としてよく分かりました。

これ、考えてみると怖いことだと思います。
疲れる投稿を見て、そこで立ち止まって、モヤモヤする。
そうすると、アルゴリズムは「この人はこういう投稿に興味がある」と学習して、似たような投稿をさらに流してくる。
意図せず、自分で疲れるフィードを育ててしまっている。

もう一つ納得したのは、心理学の観点でした。「他人と自分を比較してしまう脳の性質(社会的比較)」が無意識に働くせいで、人の投稿を見るだけでエネルギーを消耗してしまうという指摘です。

こうした仕組みは、単に”意志が弱い”とか”依存している”という話ではなく、そもそもの脳の仕様だという視点が軽やかでいいと思いました。

比較で疲れるのは、自分がダメだからじゃない。
脳が、生存のために他人と自分を比べるようにできているから。
そう思うと、少し気が楽になります。
責めるべきは自分じゃなくて、その仕組みを知らずに使い続けていたことなんだと。

さらに、記事では「見たくないジャンルをミュートしたり、好きな投稿には素直に反応するだけでフィードは変えられる」といった具体的な方法も書かれていました。

SNSを受け身に使うのではなく、自分で育てる環境として扱うという考え方が実用的だと思いました。

これまで僕は、フィードは「与えられるもの」だと思っていました。
勝手に流れてくるものを、ただ受け取るしかない。
だからしんどくなったら、距離を取るか、見ないようにするか、それくらいしか選択肢がないと思っていました。

でも、フィードは育てられる。
自分の反応次第で、変えていける。
そう考えると、SNSとの向き合い方が少し変わる気がします。

疲れるフィードになっているなら、それは自分の行動が作り出したもの。
だから、行動を変えれば、フィードも変わる。
責任は重く感じるかもしれないけれど、逆に言えば、コントロールできる余地があるということです。

意志の問題じゃなくて、環境設計の問題。
僕はこの視点が、とても現実的だと思いました。

全体として、この記事から得られたのは次の3つでした。

1. フィードが自分の行動で育つこと

何を見て、どこで止まって、何に反応するか。
その積み重ねが、今のフィードを作っている。
疲れるフィードは、自分が育ててしまった結果でもある。

2. 比較で疲れるのは脳の基本仕様であること

意志が弱いわけでも、性格が悪いわけでもない。
脳が、生存戦略として他人と自分を比較するようにできている。
だから疲れるのは、ある意味で正常な反応。

3. 環境を自分で整えることができるということ

フィードは与えられるものじゃなくて、育てるもの。
行動を変えれば、環境は変わる。
受け身じゃなく、設計できる。

この視点が、静かに伝わってきて、「SNS疲れ」を単なる感情論ではなく構造として捉え直すヒントになりました。

僕が普段から大事にしている「平和に、ゆるく、でも芯を持つ」という考え方とも重なります。
芯って、強い言葉で勝つことじゃなくて、自分の基準で選ぶこと。
SNSも同じで、流れてくる情報に流されるんじゃなくて、自分で環境を選び直すこと。
それが、平和に続ける秘訣なんだと思いました。

SNS疲れを感じた時、「自分がダメだから」と思わなくていい。
「フィードが疲れる設計になっているから」と捉え直す。
そして、少しずつ行動を変えていく。

それだけで、SNSとの付き合い方は、だいぶ楽になるんじゃないかと思います。